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フランソワ・ポンポンって知ってますか? オルセー美術館

 
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ミナです。 やりたいことが見つかると、やらずにいられない性格。 これからはもっと素直に、もっと自分の想いのままに生きたいと思い、 長年暮らしていた東京を離れ、2017年12月から故郷鹿児島で暮らしています。 2018年1月10日に日本を出て、特に予定を決めず、 海外の行きたい国をしばらくぶらぶらする旅に出ました。
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帰国して5日経ちました。

ヨーロッパに1ヶ月いたら、さすがに時差ボケになるだろうと思っていたら、全然大丈夫だ

ったので、「すごい適応力だなぁ」と我ながら感心していたら、ロングフライトの乾燥で、

喉をやられてしまい、軽い風邪に。「風邪は寝て治す」タイプのため、ひたすら眠っていたと

ころ、昼夜が逆転。結局時差ボケになりました。夜眠くなるって、実は幸せなことなんですね。

こんにちは、ミナです。

 

今日は、パリでオルセー美術館に行ったときの話です。

 

パリで美術館と言えば、もちろん有名なルーブル美術館。

素晴らしい美術品がたくさんあるし、行きたいなとは思ったのですが、なんせ規模が大きい。

どうせ行くなら数日間かけて、ゆっくりまわりたい。今回の旅ではパスしました。(あっさり)

 

でも、夜のライトアップとか綺麗だよ、とのことでこの辺を何度もお散歩しました。

ルーブルの隣は大きな公園になっていて、敷地からすぐ外れたところは芝生のエリアになって

います。夜の10時頃この辺を散歩してると、芝生はフランスの若者たちで賑わってました。

みんなお酒と食べ物を持参して、芝生に座ってパーティー。

 

バーとかレストランってお金がかかるから、若者たちはこういうところで飲むらしいです。

 

 

と、今回はこのルーブル美術館からセーヌ川を挟んで反対側にある

 

 

オルセー美術館!

 

 

いつものように、予備知識ゼロで訪れたのですが、ここで、素敵な作品に出会いました。

 

 

フランソワ・ポンポンって知ってますか?

 

音声ガイドを片手に、ぶらぶらと歩き回っていたわたし。

 

ふと、1階カフェの前にある、大きな彫刻の前で足が止まりました。

1922年 フランソワ・ポンポン 代表作 「白熊」

 

「なにぃ?これ。めちゃくちゃカワイイ!!

 

これね、本物を見て欲しいです。ツルツル具合とか、色の感じとか。

顔の感じとか。なんだか、すごくカワイイのです。

 

 

 

精一杯背伸びして、正面から顔を撮ってみました。

 

このなんとも言えない可愛さにやられてしまった私は、しばらくの間、この白熊の周りを

ウロウロしてしまいました。いやー、カワイイなぁこれ。

 

作者名を見て、フランソワ・ポンポンという彫刻家を知ったので、ちょこっと調べてみました。

 

フランソワ・ポンポンとは(略歴)

 

フランソワ・ポンポンFrançois Pompon, 1855年5月9日 – 1933年5月6日[1]

フランス・ブルゴーニュ出身の彫刻家

(なんだか可愛らしい雰囲気の方ですね)

 

 

ポンポンはブルゴーニュ中部に位置するソーリュー(fr:Saulieu)で生まれ、父親は家具職人や仕立屋をしていた労働者階級であった。墓石屋の大理石職人としてその彫刻家としての経歴をスタートさせる。仕事を続けながら、美術学校の夜間課程に通い彫刻の基礎を学んだ。

1876年、21歳の頃に彫刻家を目指してパリへ出る。国立美術学校エコール・デ・ボザールの夜間課程に在籍しつつ、昼間は大理石職人として働いた。

1879年、製作したコゼット(ヴィクトル・ユーゴーの小説レ・ミゼラブルの登場人物)の彫像がサロンで好評を得て、念願の彫刻家としてのデビューを果たす。

1890年代に入る頃、学生時代の友人であったピエール・ルイ・ルイヤール(fr:Pierre Louis Rouillard)の作る彫刻に励起されて、動物彫刻に注目するようになる。また、エジプト美術や日本美術に興味をもったポンポンは、そのシンプルながらも神聖さあふれるスタイルに感銘し、彫刻からリアリズムを廃し、単純化を試みるようになっていく。 また、これに前後して、ロダンの工房にも出入りするようになり、その助手を続けながら様々な彫刻作品に触れ、自らの作風を確立していった。

1900年代に入っても、ポンポンはロダンの製作を手伝いながら少しずつ作品を作りため、1917年のロダンの死後に最晩年となってからようやく独立を果たす。リュクサンブール美術館が「山鳩」の彫刻を購入したのを皮切りに、人気をあつめ、1922年、67歳にして代表作の「白熊」を発表することとなる。

ポンポンはその生涯のほとんどを他の彫刻家の支援に費やしたが、晩年に独立してからの10年で多くの作品を製作し、その単純化された独特なラインを持った彫刻は、まさにモダニズムの頂点でもある。

ーウィキペディアより参照ー

 

ということで、ロダンのお弟子さんだったんですね。

有名な彫刻家なんですね。知りませんでした。

 

フランソワ・ポンポン その他の作品

 

他にどんな作品があるんだろう?と気になったので、その他の作品も探してみました。

 

 

茶色い子熊

 

 

カバ

 

アヒル

 

 

なんだかカワイイ。

本物が見たいです。

 

もうすでに、オルセー美術館に行ったという話から完全に外れてしまってることに気づきまし

た。では、ここからはいくつか「うわぁ(素敵)」って思った作品もご紹介。

 

クロード・モネ 「草上の昼食」1865-66年

 

 

これは、実際に訪れたパリ郊外のフォンテンブローの森でのピクニック情景らしいですが、今回

初めてヨーロッパを旅してみて、ベルギーにもこういう感じの森があったり、実際にパリの公園

を散歩したりした後だったので、この絵を眺めたとき、なんとなく、「昔はこんな感じだっ

たのかもなぁ」って想像できるようになったような。。。。

木々や芝生を実際に感じてみたことで、こういう情景が想像できるようになったのかもしれな

いですね。そういう意味で、すごく新鮮な感覚で、この絵を眺めました。

 

ルノワール 「田舎のダンス・都会のダンス」

 

 

左側の「田舎のダンス」に描かれている女性は、のちにルノワールの妻となるアリーゴ・シャリ

ゴという女性。「都会のダンス」に描かれている女性は、のちに画家となシュザンヌ・ヴァラド

ントいう女性で画家ユトリロの母。

音声ガイドによると、左側の田舎のダンスの方は、野外で踊っていて、男性の帽子が脱げて

床に落ちていたり、後ろのテーブルが雑然としていたり、ピクニックのときに楽しく大いに踊る

ような雰囲気が伝わる絵で、一方右側の都会のダンスは、室内で踊っており、後ろの観葉植物や

絹のドレスを着ている女性の上品な感じなど、田舎と都会を対照的に描いている写実的な作品

とのこと。

 

これも、躍動感があって、ぐっと目を惹く作品でした。

 

エドガー・ドガ 「青い衣装の踊り子たち」

 

舞台袖から見た踊り子たちの様子が描かれているドガの作品。

特に惹かれたのが、色。色が大好きです。

 

感想

 

オルセー美術館、すごく良かったです。

ルーブルと比べると規模が小さい、と言ってもやっぱり広い。

 

すべて見て回ることはできませんでした。

見れなかったものがたくさんある気がすごくするので、いつかまた行きます。

 

美術館から駅までの道のりに、カフェとか小さいお店もあって、雰囲気が素敵でした。

パリに行ったら、是非。

 

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