自分が変わったら他人も変わる? 想いは連鎖する
ミナです。
みんな、それぞれが自分の想いのままに生きていけばいいんだー!
と思っているわたしですが、自分はそういう風に思えても、
そう思わない人たちがたくさんいることも知っています。
わたしもそうだったし。
不満があっても、「そうは言っても。。。」と我慢すべき理由を作り出し、それを正当化
してたし(こうしなければならない、みたいな)苦しむことに価値がある!
とさえ思っていました。
(超ドMの発想です。)
今日は、そんなわたしに起こった、ある体験をお話します。
もくじ
自分の身近にいる、ある人のことが心配だった
自分とは性格も考え方も、趣味も好みも全然違う人が身近にいました。
一緒にいると「何を話せばわからない。。。」と戸惑う存在。
わたしから見たその人は、
「いつも不機嫌で、不満が多く、その原因を他人のせいにして生きている」
ように見えていました。だから、「もっと自分の想いのままに、生きればいいのに」
なんて思って心配してました。
「誰かを心配する」なんていうのはただのお節介だと気づく
わたしは、その人のことを「幸せになって欲しい」と思っていたつもりでした。
だけど、よーくよーく考えてみたら、それって本当は違うなー。と気づきました。
「やりたいことを我慢して、不満を抱えて生きているように見える、その人の
ものの考え方を変えてほしかった」だけだったのです。
何が幸せなのか?は人それぞれ違うもの。みんなそのままでいい。
それは、自分が想いのままに生きるようになったことでわかりました。
自分が好きなことをして生きてると、他人の人生をどうこう思うヒマがなくなります。
そして、他人のことをどうこう思う自分の感情がなくなった状態で、
今まで「心配していた」人を見るようになりました。すると、全然違う。
うまく説明できませんが、違う人に見えるのです。
わたしが見ていたその人は「わたしのフィルターを通して見る人」であって、
その人自身ではない。
今のわたしの目に映るその人は、
「別にそんなに不満いっぱいで毎日過ごしているわけでもなく」
「楽しい時間も過ごしているし」
「今の暮らしにも満足している」
ように見えました。
何も問題なんかない。
この人の人生はこの人のもの。
考えてみたら、不満を抱えて生きているように、「見える」だけで、
直接その人から「これがこう不満なんだけど、どう思う?」なんて相談されたことない。
(もし相談されたら、「わたしはこう思う」って自分の想いを話せばいい)
そう感じ始めてから、その人との関係がとても楽になりました。
みんなそのままでいいんだよね。
そして起こったこと
「わたしが心配していた人」は、わたしが今年の1月からぶらぶらひとり旅をして素晴らしい
時間を過ごしている間に、自分で新たな道に挑戦して、それをゲットし、8月から新生活を
スタートしました。
その人からその話を聞いたとき、泣きそうになるくらい感動しました。
わたしから見たら「大きな変化」のように見えるその選択について、
「新しい道を選んだのは、今までの生活のままだと嫌だなぁって思ってたから?」
と聞いたところ、
「いや、別にそうは思ってなかったけど、なんとなく」との返事が返ってきました。
つまり、伝えたいことは
もし、自分の周りに「この人のことが心配だなぁ」と思う人がいたときは、
まず、自分に目を向けて、「わたしは幸せなのか?毎日楽しく過ごしているのか?」
とリラックスして、頭ではなく、心で感じてみてください。
そして、何かを感じたら、その想いのままに、「自分のために」時間を使って
「わたしをハッピーにするために」やりたいことを始める。
それは、どんな小さなことでも大丈夫。
「わたしが喜ぶ何か」であればなんでもOK。
自分の心に目を向けて、その想いのままに生きれば、周りの人にも何かが伝わるはず。
目には見えないけど、必ずある、想いの連鎖。